今でも夢に見る。
幼い日、あなたと交わした約束。
『きと、帰て来るよ』
『うん、きっとよ。待ってるからね』
未だ、果たされる事はなく、
思い出として、風化されることもない。
私は今でも……あなたを待ち続けているというの?
< 君に神聖なる恋をした >
乾いた口に、水を流し込む。
乱れた黒髪をかき上げ、汚れた小袖の上に鮮やかな着物を羽織る。
それさえも、此処では選ばれた者だけが許される行為。
遊郭、と呼ばれる此処では、男に買われない女の扱いはとても厳しい。
当然私も、此処に売られた当初はひどいものだった。
まともな食事は出されず、水だって仕事の後…遊ばれた後にしかもらえない。
私はいつか此処を出てやると、そのための地位を築くため、これまで頑張って、
それでようやく、此処のトップになれた。
だけど心には、どこか重たい物がいつもあった。
こんな私を、あの人はどう思うだろう、と。
「、客だ。しかも今夜は上玉だぞ」
背中越しに、此処の親父さんが言った。
「上玉ですか?」
「あぁ。機嫌損ねるなよ? 殺されちまうからな」
親父さんは、見たことの無い表情で、ゆっくりと呟いた。
「……――幻影旅団だ。…蜘蛛の一人が来たんだよ! 大金叩いてくれちゃってさ」
「え……」
幻影旅団。蜘蛛。
どっちも、聞き覚えが在る。
忘れたくても、忘れられない……
「ほれっ、待たせると後が怖いぞ!」
親父さんに背を押され、私はその男が待つ部屋へ向かった。
「……お待たせ致しました」
障子越しに頭を下げる。
一呼吸置いて、私は障子を開けた。
「失礼します…」
中に入って、障子を閉める。
だけど、怖くて、顔を上げられない。
「お呼び頂き有難う御座います。私、今夜お相手をさせて頂きます……」
「――」
「!!」
声が、身体が、止まった。
私は知っている。
「……っ…」
あの日からずっと、私はあなたの帰りを待ちわびていた。
「――…フェイタン……?」
夢にまで見た…あなたの姿を。
「…やぱり、だな?」
フェイタンの問いに、私は頷いた。
「どうして…フェイタンがこんな所に…」
「こそ、何故こんな所にいるね!」
フェイタンは私の肩を掴んで目線を合わせた。
私は思わず目を逸らせる。
「……みんなが…旅団のみんなが、流星街を出た後…私はずっと独りだったの。
弱い私は、自分を守ることなんか…できなかったの」
「どういう意味ね」
「あの後すぐ…流星街で、誘拐が頻繁に起きたの。それも、若い女ばかり狙って。
…私もその一人。そして、此処に売られた」
穢れてしまった私を…
あなたにだけは、見つけて欲しくなかった。
「…」
お願いよ。そんな目で見ないで。
穢れてしまった私の唇、身体、心。
全て、あなたのものだと決め込んでいた幼い頃の私は、此処にはいないの。
「…」
「触らないでっ」
私はフェイタンの手を振り払う。
「私は穢れてしまったの! もう私をあの頃と同じだと思わないで!!」
「、ワタシは……」
「っ…!!」
私は自分の小袖に手をかけ、フェイタンにその奥の肌を見せた。
「!」
窓からの月明かりに映える白い肌には、無数の赤い痕。
「私はこういう女なのよ、フェイタン」
お願い。
「……」
お願いだから、
私を忘れて。見なかったことにして。
私に、絶望して。
そうすればまだ耐えられる。
この胸の痛みも、きっと、あの日のように耐えられる日がきっと来るから。
「………、ワタシは…」
「遊びたい?」
「!」
「私と…遊びたいの?」
私は澱んだ瞳で、フェイタンの首に腕を回した。
「……」
フェイタンも、ゆっくりと私の上になる。
「……勘違いするんじゃないね」
「え……?」
「は穢れてないよ」
「!」
「昔のまま…純粋なままね」
そう言って、フェイタンは私に口付けた。
この数年で相手した誰よりも、優しくて、愛おしい口付けだった。
「……」
その時、
「…ほら、はこんなにも綺麗な涙、流せるね」
フェイタンが私の頬に指をなぞらせて、やっと、私は泣いている事に気づいた。
「……私…」
「何ね?」
「私……もう一度、フェイタンを愛しても…いいの?」
ずっと、喉に痞えて言えなかった言葉。
本当はずっと願ってた。
もし、もう一度あなたに出会えたなら……――きっと私は、もう一度あなたに恋をする。
「当たり前ね…」
フェイタンの、少しほっとしたような声が響いた。
それに気づいたのか、フェイタンは気恥ずかしそうに私にキスをする。
「それと…ワタシが此処に来たのは、を連れ帰るためよ」
「え…?」
「…ずと探してたていう事ね」
フェイタンは、大事なものを扱うように、そっと私を抱きしめた。
私はフェイタンの温もりを感じながら、嬉しいのと、謝りたいのとで、いっぱいいっぱいだった。
そして私達は遊郭を抜け出し、流星街へと帰った。
私はもう一度、
あなたに神聖なる恋をする。
end.
■あとがき■
先に言わせてクダサイ。
題名は「君」ですが、あえて「あなた」にしただけです。
「した」が「する」になったのもあえてなんです。
だからツッコまないで…((何だコイツ