何がいけない事なのか。
何が許された事なのか。
私を『罪』だと諭すなら、
皆を殺したあいつは、何だと言うのか。
<紅い雨>
「さっさと言え。あの男は何処にいる…?」
「ひっ、ひぃ…っ」
繁華街の裏路地、そこには、信じられない光景が広がっていた。
「い、命だけは…っ」
「はっ、マフィアのボスが、何て情けねぇ声出してんだよっ」
マフィアのボス――丸々と太り、体格のいい男を片手一本で持ち上げているのは、華奢な少女。
際までスリットの入った紅いドレスが風になびき、白く細い足が月灯りに照らされる。
しかし、その美しい顔は――怒りに満ちていた。
「お前があの男に仕事を依頼したのは知ってんだよ! さぁ、とっとと居所を吐きな!!」
顔に似合わない罵声は、その怒りを際立たせる。
「ま、待て…っ、今言う、今言うから…っ!!」
「早くしろ!! あいつは…――イルミ=ゾルディックは何処だ!!」
少女が叫んだ瞬間。
「――っ!?」
背後から首筋に衝撃。
「なっ…まさ、か……」
そして、意識を手放した。
「か、かはっ…!! お、遅いではないか!!」
「…悪いね」
「何のためにお前を雇ったと思ってる!? 依頼主の危機くらい救え!!」
「それはどーも。でもいいでしょ? 間に合ったんだから」
男――イルミは淡々と言い返す。
「ふんっ、まぁいい。それよりその女、とっとと殺しておけ。お前の事、血眼になって探していたようだからな」
イルミはその腕の中でうなだれる少女を見下ろした。
「お前との契約は今日までだったか…どうだ? 金は払う。もう一ヶ月…」
「悪いけど、予約済み」
「む…そうか、仕方ないな。…金は口座に振り込んでおく」
そう言って、マフィアのボスは裏路地から姿を消した。
「……」
――― 予約済み……
「…たった今、ね」
イルミはもう一度少女を見ると、そのまま闇に消えていった。
――逃げなさい…!!
――お願い…!!
――貴女だけは……!!
「っ嫌……!!」
少女は勢いよく眠りから覚めた。
「ゆ、め……?」
今でも鮮明に覚えている。
あの日の、事。
雨に滲んだ、一族の、紅い、
「ぅぐ……っ」
思い出す度に、吐き気がする。
「……」
はっとして、辺りを見回す。
あの後どうなったのだろう。
ここは何処なのか。
「…何だ、コレ…」
手には、鎖のついた手錠。
今座っているベッドの柱にくくりつけられている。
「あ、起きたんだ」
「!!」
部屋の隅から聞こえた声に、少女は反応する。
「……イルミ…ゾルディック!!!」
殺気立って飛び出し、一気にイルミの元へ走る少女。
「っきゃぅっ!!」
しかし途中で鎖に引き止められ、反動でしりもちをついてしまった。
「元気いいね。あの男を片手で持ち上げてたし」
「はっ、のん気に解説なんて、いい度胸してんじゃねぇか」
「…口は悪いんだ」
「お前に関係ねぇだろ!!」
少女は獣のごとく、敵対心を露にしながらイルミを睨み続ける。
「…キミ、誰? 何でオレの事探してたの?」
イルミの言葉に、少女は何故か表情を歪ませる。
「……覚えちゃ、いねぇよな……殺した人間のことなんて…」
泣きそうな声を必至に抑えるように、少女は俯きながら言う。
「…私は、。…=。…お前が殺した、一族の生き残りだ」
やがては、力無く呟いた。
「…? それって、あの?」
「そう、別名“豪腕の翼”。見た目からは想像もつかない力を持ち、どんな生き物よりも素早い一族」
だんだん、の顔に悲しみが滲み出す。
「父さんも母さんもっ、兄も姉も妹も!! 一族皆お前に殺された!! どうして…どうして罪の意識も無くあんな事ができる…?
答えろっ、イルミ=ゾルディック!!」
「イルミでいいよ」
「違うっ、返事するポイント違うっ!!!」
「そんな事言われても…依頼だし」
「!」
は はっとしたように目を見開く。
「…そう、だよな。それが、…お前の仕事なんだよな」
「?」
力無く笑う。
「私は今まで…何て無駄な事を……」
は俯いて目をこするが、長い前髪でイルミには見えない。
「…もういい。だったらその時の依頼主を教えてくれ。そいつを殺しに行く」
「嫌だね」
「…教えろ」
「嫌だって言ったら嫌」
「…っどうして!?」
やっとイルミを見上げたの顔は、悲しみと涙で歪んでいた。
「…オレ、の事気に入っちゃったし」
「!?」
「それに…」
イルミはに近づき、手を掴んだ。
「折角の白い手、もう紅く染めない方がいい」
そう言って、イルミは手の平に軽くキスをした。
「こんなにも綺麗なんだから」
「き、れい…?」
呆然と復唱するを、イルミはそっと抱き締める。
「ねぇ、オレの側にいなよ」
未だ意識は空ろ。
ただ、いつの間にか窓の向こうで降っていた雨を見つめて、
「――うん…」
たった一言で、全てを変えられた。
――こんなにも綺麗なんだから。
でもそれは、一言で充分な程で、
「………」
瞳は、見る事を恐れていた雨を、イルミの肩越しに見つめ続けた。
ずっと、紅く色付いて見えていた雨。
「私は…もう独りじゃ、ない……?」
「そういう可愛い口調でいてくれるならね」
この瞳が映す事は、きっと二度とないだろう。
end.