解ってる。ちゃんと、解ってるの。
来るわけないって。
ありえないって。
「…………」
でも、彼は約束してくれた。
…約束、とも言えないような、ただの社交辞令だけど。
『気が向いたら来てやるね』
すごく、あたしには嬉しかった。
< 365/1 >
「寒………」
何も遮るものがない空を見上げると、綺麗な満月があたしを見下ろしていた。
ここは墓地。
あたしはこの墓地の裏に居を構えていて、昔からこの墓地の守番をしている。
と言っても、お墓参りに来る人なんていない。
ここは犯罪者や、存在を忘れられた人たちの眠る場所だから。
だから、この場所にはあたしや死体を運んでくる業者以外、生きた人間が現れるはずがなかった。
そう、あの日までは。
「…………どちら様?」
全く気配が読めなかった。
気がついたら、どさっという音と共に、あたしの背後に黒尽くめの男が立っていて。
音の発生源が男の足元に落ちてある大きな皮袋だと気付いたのは、男が口を開く寸前だった。
「お前がここの守番か?」
「質問を質問で返すのは嫌いなんだけど」
「ワタシも質問に答えない奴は嫌いよ。…無理やり吐かせるのは得意ね」
一気にあふれ出したオーラと殺気にあたしは身構えた。
こいつ、やばい。普通じゃない。
「………あたしが、ここの守番よ。…で、アンタは?」
「これを埋葬して欲しいね」
「…死体?」
近づいて中を覗くと、それは既に人としての形を留めてなく、血も全て流れて乾いたものだった。
干からびた骨や肉の詰め合わせ、といったところだろうか。
何年も守番をしていると、こういった死体を見るのは珍しくない。
慣れた手つきでその1つを摘み上げると、男は少しも声色を変えずに言う。
「変な女ね。よくそんなもの触れるよ」
「見慣れてるし、あたし普通の女じゃないし。…アンタはこういうのダメなの?」
「まさか。それをそうしたのはワタシね」
「…左様ですか」
あたしはそれを袋に戻すと、紐を締めて立ち上がった。
「で、火葬がいい?それともこのまま土葬にする?」
「任せるね」
「…じゃぁ、お墓はどうする?和式?洋式?」
「任せる、言たよ」
「………この人、名前は?」
「…何故必要か」
「お墓に彫るの。あたしのこだわり。せめて名前が解る人は、刻んであげるの」
理解できない。
いかにもそんな表情で、彼は私を見つめてきた。
「…そんなもの残さなくていいね」
そう言って踵を返す彼の背中は、なんだか寂しくて。
あたしは思わず服の裾を引っ張っていた。
「…何か?」
「だったらアンタの名前、教えて」
「何の必要が」
「あたしが知りたいの!」
自分でも理由は解らなかった。
でも何となく、あのまま帰られるのは嫌な気がした。それだけだ。
「なら、お前もワタシに教えるんだろうな?」
「え?」
「名前」
笑ったのかどうか、微妙な表情の変化に気付いたあたしは、気付けば自分の名前を口にしていた。
「……………」
「か」
「…うん」
一瞬としてあたしから目を離さない彼。
何だか、口を開けない状況。
「……フェイタンね」
「へっ」
「ワタシの名前よ」
瞬間、呪縛でも解けたかのように、するりとあたしの手から彼の、フェイタンの服が離れた。
「…………」
そしてその手を見つめていると、
「………え、あれっ?」
ふと前を見ると、すでにフェイタンはいなかった。
「えぇぇっ!?フェイターン!?」
どうやったらそんな高速移動ができるんだ、と思いつつも、まぁあんな念の使い手じゃ可能なんだろうな、と息をついた。
あたしに残されたのは、死体の入った皮袋と、
指先の、服の感触。
そう、始めて会ったのが、1月2日。
死体は火葬するときに気付いたが、女だった。
あたしは何故だか気になった。
そんなあたしの気持ちも知らず、フェイタンは毎年1月1日にお墓参りをしにくる。
「…毎年毎年、よく来るねぇ」
「悪いか?」
「別に」
墓地の最奥にある、崖の側にひっそりと立つお墓。
和式でも洋式でもなく、ただ木の棒とツルで作った十字架を刺さった、まるでペットを家の庭に埋めたかのようなもの。
別にこの人に何の恨みがあってこんなある意味ひどい埋葬をしたってわけじゃない。
ただ、フェイタンはこういうほうのがいいんじゃないか、って勝手に思っただけ。
「……フェイタン、幻影旅団の人なんだってね」
「知てたのか」
「ううん。前に、業者の人に聞いたの」
「そうか」
「……ねぇ、差し出がましいこと聞いていい?」
「聞くだけなら」
冷たい返答に若干怯んだけど、あたしは臆せずに言葉を返した。
「旅団って、無慈悲で冷酷非道な集団って聞いたけど」
「はっ、間違いではないね」
「…でもフェイタンは、こうやって殺した人の命日に毎年お墓参りに来るよね」
「こいつだけよ」
「………特別な人だったの?」
「……………」
「フェイタン?」
「には関係ないね」
「…左様ですか」
ため息と共に言葉を吐き出すとフェイタンも似たようなため息をもらした。
「……年が変わる瞬間だたよ」
「え?」
「こいつを殺したのは」
「…………」
「息絶える瞬間、付けぱなしだたテレビが騒がしかた」
「…そう」
どうして話してくれたのかは解らない。
だけど、フェイタンにとってこの女の人は、ただの殺しのターゲットでも、行きずりの人でもなくて、
多分きっと、大切だった人、なんだと思う。
そうじゃなきゃ、あの旅団のメンバーが殺した人間の墓参りに来るものか?
そんなわけがない。
「…………」
一年に一度しか会えないのに、あたしはいつの間にか彼に惹かれていた。
その空っぽな背中も、
たまに憂いを帯びる横顔も、
念に一度のめでたい日に、全くめでたくない場所でだけど、
好きだった。
「…はいつもここにいるのか?」
「そりゃ、守番ですから。食料も業者さんが持ってきてくれるし、野菜とかは自給自足」
「そうか」
「どうして?」
「ここは寂しい風景ね。生きた人間は誰もいないのに、足の下には生きていた人間が多くいる」
「…そうだね」
「はいるのに」
「!」
「いや、がいるから、余計にこの景色が悲しく見えるのか」
「…何が、言いたいの?」
「さぁ、ワタシにも解らないね」
そう言って、また踵を返す。
いつも、そうやって少しでも目を逸らせば、もうあなたはいなくなる。
「だったら!」
あたしは、まだいるか解らない後方に、背中を向けたまま叫んだ。
「だったら、来年は年が変わる前に来てよ!この寂しい場所で、馬鹿みたいに、一緒に騒いでよ!!」
何の反応もない。
きっともう、彼はいないんだから。
「………馬鹿みたい…独り言…」
「気が向いたら来てやるね」
「!」
思い切り振り返ったけど、もう、そこにフェイタンはいなかった。
だけど、確かに、聞こえたんだ。
「っ待ってるからー!!」
それが、今年の1月1日。
フェイタンに会った、最後の日。
「寒い…マフラー取りに行こうかな…」
でも、取りに家に帰ってる途中にフェイタンが来たら、絶対帰られる。それは嫌だ。
「う〜…風邪引いたらフェイタンに看病させてやる…治るまで世話から食事の準備から、果てはお墓の掃除まで全部やらせてやるんだから…」
「ワタシ料理できないね」
「ひぁっ!?」
いきなり視界を遮られたかと思えば、布状のものが目を覆っていた。
「っフェイタン!?」
慌ててそれをずらすと、フェイタンが後ろからマフラーをあたしに引っ掛けていた。
「…来てくれたんだ」
「約束したね」
「覚えててくれたの?」
「思い出しただけよ」
「へへ…っていうか、このマフラー、あたしのだよね?」
「寒そうにしてたからお前の家から拝借したよ」
「…アンタいつ来たのよ」
「が寒い寒いてぼやいてた時からね」
「………左様で…」
それってあたしがここに来たのとほぼ同時じゃないですか。
「今何時ね?」
「えっと、11時59分。……おおう、もう一分ないじゃん」
「騒ぐんじゃないのか?」
「んー…そう言ったものの騒ぎ方が解んないわ。もう大人ですから。…つーわけで、こういう騒ぎ方でいかが?」
「酒か」
ひょこっと取り出した缶ビール。
二人でプルタブをあけて、どちらともなく缶をぶつける。
「かんぱーい」
「…………」
そのとき丁度、腕時計が12時を知らせるアラームを鳴らした。
「ありゃ。明けちゃったねー。おめでとー〜ってこの人の命日だっつの〜」
「…もう酔ったのか?」
「んにゃ、悪酔いってやつ」
悪酔いでもしなきゃやってられない気持ち。
こんなむなしい年明けなんて今までなかった。
「………人ってさ、死んでも死なないんだよ」
「は?」
「誰かが覚えてる限り、その人はこの世から消えてないの」
「……………」
「だからあたしは、お墓に名前を刻むの」
誰からも忘れられた人でも、ここには確かに存在している。
あたしは顔なんて覚えてないけど、お墓に刻まれた名前を見たら、埋めた日の事は思い出せるから。
「この人の名前は、知らないし、刻んでないけど。…あなたはきっと覚えてるだろうし、あたしも、フェイタンが連れてきた人って、覚えてる」
死ぬ前に罪を犯した人間でも、死んでしまえば一緒だ。
死体に罪はない。だから存在を残す。
全てが罪だった人なんていないはずだから。
産まれてきたとき、はじめて言葉を話したとき、友達ができたとき、恋人ができたとき。
必ずそこには、相互性のある幸せがあったはずだ。
それを、罪を犯したからといって、なかったことにはしたくない。
「そうやって、人はどこかに存在を落として死ぬ。生きている人間は、いつかそれを忘れてしまうけど。
…お墓は名前を刻むことで、その人を忘れない。…存在をこの世に刻んでるの」
「……ワタシには縁のない話ね」
「うん、それでもさ。…それでも、この人の名前、教えてくれないの?」
缶ビールをおろして、真っ直ぐにフェイタンを見つめる。
同じようにして、フェイタンも缶をおろすと、足元のお墓に視線をずらした。
「……メイチェン」
「メイチェン、さん…?」
やけにあっさり教えてくれてあっけらかんとしていると、フェイタンはビールを一気に飲み干した。
「…人なんて愛してみるもんじゃなかたね」
「………っ……」
ああ、やっぱり、そうだったんじゃないか。
淡い、伝えるつもりもない気持ちなのに、心臓はしめつけられる位に痛い。
「…これで最後にしていいか?」
「え…?」
「墓参り」
「!」
「も、その方がいいんじゃないか?」
…この人は、
「………うん」
あたしの気持ちも全部、解ってたんだ。
「…呑みなおすか。勝手に冷蔵庫開けるよ。お前もビールか?」
「うん。…色々入ってるから、好きなの持っておいでよ」
「そうするね」
あたしの家の方へ向かうフェイタンを、あたしは振り向けなかった。
最後だから、こんなに、優しいんだね。
「っフェイタン!!」
小さく、足を止める音が聞こえた。
一年前と同じく、あたしは背を向けたまま。
「…あたしが死んだ時は…戻ってきてよね」
「…………」
「一々燃やさなくていいから、野犬に掘り起こされないくらいの深さの穴掘って、放り込んでよ。
…地面に名前、彫るだけでいいから」
あたしはきっと、あなたより先に、死ぬ気がするから。
「…立派な墓、立ててやるね」
「!」
「大理石の墓石で、ムダにパーティーみたいな装飾して、命日にはシャンパン片手に爆竹でも鳴らしてやるね」
「…嘘だね」
「嘘よ」
あたしが小さく笑うと、フェイタンはため息と共にもう一度歩き出した。
「…でも、はそれくらいした方が似合うね。…メイチェンみたいな墓は、には不釣合いよ」
「…………嬉しいんだか、酷いんだか…」
ゆっくり振り返ると、はるか遠くに小さく、フェイタンの背中が見えた。
「あぁあっ!………フェイタンが帰ってくるまでには泣きやまなきゃなぁーっ」
あざ笑うかのような満月を見上げ、あたしは涙と一緒に苦笑いをこぼした。
end.
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報われないっ、報われないーっ!!
久しぶりのフェイタン夢、片思いのちょいシリアス!!
ギャグも控えめで……あぁぁぁぁシリアスをわざとシリアルにかえてやりたい!!←
完全ギャグになってまう^^(笑)
というわけで!365/1!!さんびゃくろくじゅうごぶんのいち!!
如何でしたでしょうか??ちゃんとリクエストされたイメージ通りでしたか??高橋様!!
良かったらまたメールででもご感想いただければ、と思います^^
というか毎度毎度言うてますけど本当にお待たせしましたぁぁ…っ!!orz
ああああと4つだぁーっ!!
2008年5月15日 拝