あの日からずっと、頭の中にノイズが飛び交っている。 見える景色、聞こえる音、全てにノイズが掛かってる。 いい加減にしろよ 何で解んねぇんだよ もう俺、お前についていけねぇわ あの日の言葉が、今でも私を縛り付けている。 どうしてこの子なの…… どうして何もしてくれなかったの…… どうして助けてくれなかったのっ!? 私は今も、あの場所から動けない。 もう一歩が、踏み出せない。 ねぇ、私は、間違ってるんですか? どれが間違ってて、どれが正解だったんですか……? < ノイズ > 「嫌な夢見ちゃった…」 は自転車に乗りながら、小さく呟いた。 冷たい空気が頬に当たり、まだ眠たいまぶたをこじ開けてくれる。 「…………」 もう、あの日から2年経つ。それでも、傷は未だ癒えない。 「あー…やだやだ。もう何も考えないっ」 今日は部室の鍵当番のため、は10分早めに家を出た。 朝練までまだ40分もある早朝6時20分、ようやく学校に着いたは、自転車を駐輪場まで転がしていた。 「せーんぱい!お早う御座います♪」 「あ、赤也…おはよう」 早朝6時30分。朝練の日は、いつも赤也はこの駐輪場でを待っている。 いつも遅刻ばかりしている赤也だが、がマネージャーになってからは部活だけは遅刻をしなくなった。 「…どうしたんスか?何か元気ない」 「え、そう…?」 「んー、そんな気がしただけっスよ」 駐輪場といっても、規定の場所があるわけじゃない。 部室の裏にが勝手に置かせてもらっているだけの場所だけど、と赤也はここを駐輪場と呼んでいる。 その駐輪場に自転車を止め、はカゴの中のカバンを手に取った。 「…ねぇ、赤也」 「何スか?」 「……どうして、私に構ってくれるの?」 「!」 思わずそんなことを聞いてしまい、は自分の行動を後悔した。 いきなりこんなことを聞いたって、赤也には何のことだかさっぱり解らないだろう。 だが、いつも側に居る赤也のことがふと、解らなくなってしまった。 赤也が本当の自分を知らないだけかもしれないことだけど、何故か… ……怖くなった。 また、あんなことを言われたら…そう思うと、とても怖かった。 「…先輩、時間と場所解って言ってるんスか?」 「え?」 「まだ誰も来ていない時間に、こんなひと気の無い場所で、……誘ってます?」 「ちょっ、何言って…!!」 の考えとは裏腹、赤也はその気になってを壁へ追いつめてきた。 「や、やめて…っ」 「……………」 赤也は少し黙った後、いつも通りの笑顔をへ向けた。 少し子供っぽい、にかっとした笑い方をして、それからを解放する。 「…冗談っスよ。…でもほんとに今日の先輩ヘン。…何かあったんでしょ」 「…………」 「俺には、話せないことっスか?」 「……赤也は…」 「はい」 「…―――2年前の事…知らないから…」 「え………」 「はい、そこまで」 「!」 ばっと横を振り返ると、部室の角から幸村が顔を出していた。 「幸村…」 「。今日は君が部室の鍵当番じゃなかったかな?」 「あっ、ごめんなさい!」 「あと、部誌を顧問に渡してあるから、取りに行ってほしいんだけど」 「うん、解った」 は小走りでその場を後にし、部室の鍵をあけると、その足で職員室へ向った。 その様子を一部始終眺め、がいなくなってから、幸村は赤也に向き直り口を開いた。 「…赤也。に何をしていたのかな?」 「別に部長に怒られるようなことはしてないっスよ」 「へぇーそう。…だったらどうして、は涙目だったんだ?」 「…いや、…その……」 「……ふぅ…。まぁいい、それより早く準備を…」 「…っ部長!」 表に回ろうとする幸村を、赤也が呼び止める。 「あの……2年前、何かあったんスか?」 「……2年前、ねぇ…」 「先輩が…さっき、それ言いかけて…」 「知ってるよ。だから止めに入った」 「は?」 「あまり辛い思い出を話させたくなかったからね」 「……何スか、それ」 幸村は小さくため息をつくと、赤也の向こう側に止めてあったの自転車まで移動した。 「2年前…ある一人の女の子が交通事故にあった」 「え…」 「彼女は運動神経が良くて、反射神経も抜群に早い子だった。 目の前で何か起これば手を出さずにはいられない…正義感の強い子だった」 「………」 「迷子を助けたり、溺れていた人を助けたり…何度か警察に表彰されたこともあったよ。 それくらい、彼女にとって人助けは生きがいでもあったんだ」 幸村は自転車のハンドルに手を置き、気付かれないほど小さく、眉をひそめた。 「あの日…彼女の目の前で、小さな子供が道路に飛び出した。丁度車も来ていて…誰もがその状況に動けなかった。 …唯一、彼女を除いては」 「…助けたんスか…?」 「ああ、彼女は持ち前のスピードで見事に子供を救ったよ。でも、彼女自身は車を避け切れなかった。 右足だけ、車に直撃してね。しばらく歩くことすらできなかったんだ」 サドルに腰掛けた幸村は、視線を赤也に向けた。 その表情は、まるで試合中のように真剣だった。 「歩けるほどに回復しても、彼女の足は完全には戻らなかった。 膝に負担がかかってしまうから、通学とか、長時間歩くことができない。……だから特別に自転車通学が許されている」 「!」 「俺はその子を…リハビリも兼ねて、テニス部のマネージャーに誘った。一年前だ」 「それって……」 「ここまで言えば解るだろう。これは…の話だよ」 赤也は辛そうな顔をしていたが、その顔はすぐに表情を変えた。 「…でも…その子は助かったんでしょ?先輩も、怪我したけど今は…普通にしてるし…なんか…」 「まぁ、ね。それだけじゃないよ」 「じゃぁ、何が…」 「が失ったのは、以前の右足だけじゃないってことだ」 そう言って幸村は自転車から降り、部室の角を曲がっていった。 ざわざわと声が聞こえる。もう6時45分だ。みんな集まってきたんだろう。 「ここから先は、俺が話す事じゃないよ」 「…………」 赤也はぎゅっと手を握ると、幸村の後を追うように部室裏から走り出した。 ―――強いな、は。 お前のそういうとこ、好き。 そう言って、いつも頭を撫でてくれていた。 私はそれが嬉しくて。だから頑張ってた。 ―――お前…っもうちょっと考えて行動しろよ!! いい加減にしろ!! なのに…いつからだったか、頭を撫でてくれた手は私を叩くようになった。 怖くて、どうしてそうなったのか、訳が解らなくて。 ―――またやったのか……? 何で解んねぇんだよ……!! それが、私が人助けをしていることに対してだったのに気づいたときには、遅かった。 2年前のあの事故のあと……病室で、叩かれると思った手が、ぎゅっとシーツを握って、 ―――もう俺……お前についていけねぇわ。 そっと、離された。 「ッ……!!」 はっとして顔を上げると、視界は真っ赤に染まっていた。 時計を見ると、時刻は5時を過ぎていた。 誰一人いない教室を見渡して、は息を吐く。 …情けない。まだ、自分はあの場所に捕らわれたままだ。 「……まだ…動けない……なんて…」 「何がっスか?」 「!」 その声には扉を振り返る。 そこには、今朝と変わらない笑顔の赤也がいた。 「…どうしたの?今日、基礎練でしょ」 「ノルマ終えたから帰ろうかと思ったんスけど…先輩の自転車まだあったから一緒に帰ろっかな〜なんて」 赤也はの前の席に後ろを向いて座ると、の顔を覗き込んだ。 「……ねぇ、先輩。…2年前の事件て、何なんスか?」 「……………」 「あの後、幸村部長から『事故にあった』って話は聞いたんスけど…それだけじゃないっぽいし」 「……最近ね」 「はい」 「その夢ばっかり見るの」 捕らわれて…動けない。 「だから…赤也がそれを聞いてくるのも、何となく、予感がしてた」 あの場所から。 「2年前、あの事故のあと…私、彼氏にフられたの」 「え……」 「『もうお前についていけない』って。……始めは、私が人助けをするの、褒めてくれてたんだよ?……なのに…」 「…………」 「それから…私は、人助けができなくなった」 「!」 「人と会話すらできなくて…完全に人間不信になった。私のしてきた事は正しかったのか、正しくなかったのか。 …そう思ったら、解らなくなった」 そのせいで、私は、 罪を、犯した。 「…赤也」 「えっ……あ、はい」 「着いてきて、ほしいとこがあるんだけど」 は席を立ち、駐輪場に向った。 赤也もその後を無言で続く。 「……俺が運転するっス」 「あれ?どういう風の吹き回し?…いつもは漕げって言っても絶対に前に座らないくせに」 「いや…」 駐輪場につき、自転車の鍵を開けると赤也がハンドルを取った。 朝はここでを待ち、放課後は二人で帰る。 そんな日々を半年は続けていたが、赤也が運転をしたことは今まで一度も無い。 「……有難う。足、気遣ってくれてるんでしょ」 「そりゃ、まぁ」 「ふふ……赤也ってば優しー」 「ちゃっ、ちゃんと捕まっててくださいよ…///」 「はいはい」 の案内で自転車を漕ぐ赤也。 いつもなら別れる交差点をそのまま進み、の帰宅路をたどる。 「………赤也止めて。…ここ」 「ここって…」 自転車を止めたのは、ひと気のない踏み切りだった。 すぐ側にさびれた商店街があるだけで、1人2人くらいしか視界に人はいない。 「………手を伸ばせば…すぐに届く距離だったんだ」 「え…?」 「1年前、私はここで……―――子供を見殺しにしてしまった」 夕焼けに舞う、赤い、赤いものを、 私は、呆然と見つめるしかなくて。 「歩けるようになって、学校へも通いだした、…こんな夕日の中。 踏切が閉まってるのに、危ないの解らないで踏み切りを越えた男の子がいて……その子は、はねられた」 「…………」 「足が、動かなかったんだ。…怪我のせいじゃなくて、気持ちが。 それくらい……彼氏の言葉は重かった。けど、そんなことのせいで…私は…」 ―――…どうして…どうして…!! どうして助けてくれなかったのっ!? 「ただ見ていた私を…その子のお母さんは責めてきた…。当然よね」 「そんな事…っ」 「その人は知ってたんだよ。私のこと。…2年前の事故の事」 「!」 ―――どうしてこの子は助けてくれなかったの!? あなたなら…あなたなら助けられたんでしょう!? この…………―――人殺し!! 「…………!」 「もう……いいっス」 「赤也…?」 全てを話した瞬間、赤也は、を抱きしめていた。 「先輩は…確かに、その子を助けられるくらい強い人だったかもしれない。けど、アンタは女だ。 ……何でもかんでも手ぇ出すような、無茶なマネはしなくていいんスよ」 「…でも…」 「それに俺…先輩の元彼の気持ちも、解るっスから」 「…どういう意味……」 踏み切りの下がる音が聞こえ、赤也はぎゅっと私の身体を抱きしめた。 そんな赤也の優しさが嬉しくて、私は何も言わず赤也の返事を待った。 「俺は……」 「あ〜らぶらぶしてる〜」 「!」 そんな声がして下を向くと、小さな女の子がこっちを見上げていた。 「…あー…子供は見ちゃイケマセン。ほら、あっち行けよ」 「ちぇー。つまんないのっ」 「って、そっち行くんじゃねぇ!!」 女の子が駆けて行ったのは――踏切の方向だ。 遮断機は閉まりきって、もう小さく電車の音が聞こえていた。 「待て!!……――――!?」 遮断機を越えようとした瞬間、女の子は後ろから服を引っ張られ、その人の腕の中へぽすんと倒れこんだ。 同時、物凄いスピードで、目の前を電車が通り過ぎていった。 「…っ危ないでしょ…!?」 「…ふぇっ……」 女の子を抱いていたのは…だった。 赤也が声を発した瞬間、そのときにはすでに、は一歩踏み出していた。 そのあと、3m近くあった女の子との距離は、ほぼ一瞬。 赤也には、比嘉中の縮地法以上の早さにも思えた。 「っすいません…!!お怪我は!?」 すぐに商店街の方から駆けて来たお母さんが、ぺこぺことに頭を下げていた。 「私は大丈夫です。…この子も」 「お母さぁん…!!」 「もう…何してるのこの子は!!」 赤也はまだ座り込んだままのの元へ行った。 目が合うと、はほんのり涙目で、微笑んでいた。 「ほら、お姉ちゃんにお礼しなさい!」 「お姉ちゃ……ごめ、なさ……ありがとう…っ」 「ううん。怪我無くてよかった。…もう飛び出しちゃ駄目だからね?」 「うんっ…」 「ほんとに、有難うございました…!!」 そう言って、遮断機の上がった向こうへ帰っていった親子を見送って、はその場へ立とうとして… 「あ、あれ?」 「どうしたんスか…?」 「立てない…とか…あはは…恥ずかしい…」 「…………」 苦笑いしながら、もう一度その場へ座り込んだ。 赤也は、そんなをまた抱きしめた。 「…赤也ぁ…私、今度は、守れた…助けられたよ…」 「……………」 「……赤也?」 「言ったでしょ。…元彼の気持ちも解るって」 顔を上げた赤也は、 「…赤、也…」 「俺だって、先輩が危ない目に会うのは嫌だ。…怖いんスよ!!」 少し、涙ぐんでいて。 「…誰かを助けるのはアンタの勝手だ。それで救われる人がいればいい事だと思う。…思うけど!! それで逆にアンタが怪我したり…ましてや、もし死んだらって思ったら、俺が死ぬほど怖いんだ!!」 私は、思えばいつだって。 自分の事なんて考えたことが無くて。 …それって、私を見ていてくれる人にとっては、 私が誰かを助けられなかった時くらい…それくらい、辛いことなんだって… 私は、気付けなかったんだ。 「俺は…先輩のこと、好きっス」 「………うん」 「こんな無茶…ホントはしてほしくない。けど、俺が何言ったって、アンタは今みたいに何かあったら向ってっちゃうんでしょ」 「う……」 「……だから。…俺が見てる前でしか、無茶はしないでほしいっス」 「…え?」 「俺なら……無茶する先輩ごと、その誰かも守ってやれるから…」 瞬間、 いつも頭の中を飛び交っていたノイズが…晴れた。 「………有難う、赤也」 私は、これからもまた、目の前の誰かを助け続けていく。 今はもう、怖くない。 だって、私は私を守ってくれる人を見つけたから。 end. ************************************ 初☆赤也夢はお題から『ノイズ』でした。 つか長くなっちゃいましたね。まぁ、それもよしということで。笑 私も、守ってくれる誰か…現れないかなぁー…(T_T)泣 |