TRICK OR TRICK?













雷。

光が目を奪う、雷。




「やだな…買い物行かなきゃいけないのに」




彼女はベランダのガラスごしに空を見上げた。

雷は嫌いだ。




「はぁ…でも、行かなきゃ…」




重い足取りで、玄関に向かう。

ふと、振り返る室内。




「……いってきます」




静まり返る部屋からは、何の音もしない。

彼女は一度目を伏せ、扉を閉めた。





































雷。

空を裂くような、雷。




「鳴り出したの…」




彼は昇降口前で空を見上げながらつぶやく。

後ろからは、同じ部活の仲間がやってきた。




「帰らないのですか?」

「いや…雷がの」

「何? お前、雷苦手だっけか?」

「そんなことは無か。ただ…」

「ただ、なんスか?」

「…何でも。先帰るな」




いつもと変わらぬ口調で、彼は仲間の元を離れる。

学校を出てしばらくすると、急に雨が降り出した。




「……やっぱり、当たっとったみたいやの」




それは、さっき後輩に聞かれた言葉の返答。

―――ただ、…変な予感が、するんじゃ。




「仕方ない、どこかで雨宿りでも…」




どんどん勢いを増していく雨に、彼はきょろきょろと辺りを見渡し、雨宿りに使えそうな場所を探した。

すると、見覚えの無い場所に、見覚えの無い店があった。

看板には『trick or trick』の文字。




「『trick or trick』……いたずらか、いたずら?」




ハロウィンのアレにしては、ジャイアニズム旺盛な…。

彼が店の前で佇んでいると、


―――ちりん……


鈴の音と共に、扉が開き、




「!」




瞬きをした瞬間、すでに、彼は店の中にいた。




「いらっしゃいませ」

「……」

「仁王 雅治君で、いらっしゃいますね?」

「…何故、俺の名前を知っとお」

「さて、どうしてでしょう。答えはウサギの穴にあるかもしれませんね?」




彼――仁王は、薄暗い店内の奥から出てきた男を怪訝そうに見た。

まだ若い、年は30歳前くらいだろうか。

切れ長の瞳に眼鏡をかけたその微笑みは、どこかの変態伊達眼鏡を思い出させる。




「まぁまぁ、人をそんな怪しい目で見るもんじゃありません。

 どうです? 雨がやむ間だけでも、この店にいらしては」

「……変な男じゃ」

「最高の褒め言葉です」




変な男に捕まってしまった。

仁王はそう思い、ため息を付く。目の前の男…むしろ店自体が、落ち着かない。




「……ここは何の店なんじゃ?」

「見ての通りの雑貨屋です。『雑貨』って便利な言葉だと思いません? 詳しく記載する必要は無いのですから」

「…危ないものでも売ってるのかの、この店は」

「さぁ、どうなんでしょう。ご自分の目で、感性で、感じてください」

「言う事が一々気持ち悪い」

「ですからそれは褒め言葉ですよ。有難う御座います」




まともな会話ができない。こんなことならもうしばらく仲間と一緒に居ればよかった。

仁王は手近にあった小説をぱらぱらとめくりながら、もう一度ため息をつく。




「そうですかそうですか、その本をお選びになりましたか」

「…何じゃ」

「いやぁ、これは面白くなりそうです。いや本当に」

「何が言いたい」





「私が申し上げたいのは、今も昔も一つだけ。



 ―――『trick or trick』?」





何が言いたいのか、全く解らない。

いたずらかいたずらか、なんて、選択肢は存在していないのに。

…だけど、視線が、身体が、動かない。




「……」

「さぁ、お選びなさい」









「―――…『trick』」









瞬間、男が ニィっと笑い、

そして、手にしていた本が、輝きだした。




「いやいや、これは見所がありそうだ。

 あぁ、大丈夫ですよ。先ほど言った通り、雨がやむまでの間だけですから。



 …たったそれだけの時間ですよ」




溢れ続ける光は、

やがて、目の前から全てを消した。





































ゴロゴロ、ゴロゴロ。

さっきから、音がどんどん近づいてくる気がする。

買い物を済ませた彼女は、手に荷物を抱えて道を急いだ。

何だか雨まで降ってきそうだ。




「降ってくる前に帰れればいいんだけど…」

「お待ちなさいな、お嬢様」

「!」




急に背後と頭上に気配がして、彼女は足を止め、振り返った。

そこには、釣り目に眼鏡の若い男が、自分に傘を差してくれていた。




「あ、あの……?」

「いえいえ、お礼なんていいんですよ」

「はい?」

「ああ、もう少し寄って頂かないと、背中が濡れてしまいます」

「きゃっ!?」




傘を持っていない左腕で腰を引き寄せられ、彼女は思わず声を上げた。

その瞬間、バケツをひっくり返したような雨が、いきなり降り出す。




「す、ご……有難う、御座います…」

「いえー、お気になさらず。… さん」

「えっ…どうして、私の名前」

「さーあどうしてでしょう? ところで一緒に宝探しは如何です?」

「宝探し…?」

「おおう、こちらのお嬢様は話を進め易くて良いですねぇ。物分りの宜しい方は大好きです」




の中で、男のイメージは『不思議だけどいい人』から『会話の出来ない変な人』に変わってしまった。

逃げたくても、腰に回された腕がそうさせてくれない。




「さてさて。私と宝探しをして下さる美しいお嬢様、貴女にもお選び頂きましょう。



 ―――『trick or trick』?」




発音の良すぎる英語に、は少し首をかしげた。

英語の成績、悪いんだよなぁ。と、思考がだんだんそれていく。




「おおう、やはり物事は上手く運べないように出来ていると。こちらのお嬢様はおつむが少々弱いと見える」

「なっ…失礼なっ」

「おやおや、失言でした。さん、ハロウィンはお好きで?」

「え…別に、どうとも…」

「ではご存知でしょう? 『trick or trick』?」

「……それって、『trick or treat』じゃないですか? それじゃぁ、どっちもいたずらになっちゃいます」

「百も承知です。

 …しかし、どうやら貴女には効かないらしい。無理にでも答えて頂きましょう」

「あの、私、帰りたいんで…」

「さぁお嬢様、どちらのいたずらがお好みで?」




やっと離された腕。

男はそれを広げ、両手の手の平をぎゅっとにぎった。

右か左、どちらかを選べという事なんだろうか。




「じゃぁ…左」

「…ほほう、いや、これは驚いた。二人して同じ結末を望むとは。いやー楽しみです」

「何なんですか……」

「いえいえー。

 …では、貴女にすばらしい贈り物を」




男が指を鳴らした瞬間、




「!」




雷が、頭上に、落ちた。




「きゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」




すさまじい音と、光の中。

落ちる傘と、荷物。

はっとして目を見開いたそこに、いたのは。









「…………」



「…………」









誰?              誰じゃ?










あの人はどこに?      あの男はどこに行きよった?
















        それにしても………












綺麗な人だなぁ…。       可愛い子やの…。


            











「あの…」

「! 待ちんしゃい。…これ」




仁王が指差す地面には、一枚の紙切れ。

は足元のそれを拾い、読み始める。




「えっと……『仁王 雅治様、 様…』」




『仁王 雅治様、 様。

 この度は私のいたずらにお付き合い頂き有難う御座います。

 さてさて。率直に申し上げましょう。お二人は、ななな何と、別世界の人間です。

 ちなみにそちらはさんの世界。あなた方はしばらく交流を深めて下さい。

 あなた方が共に選んだ結末が鮮やかに彩られることを願います。』




「……訳が解らん」

「あ、どこに行くの?」

「俺がどこに行こうと俺の勝手」

「でも、ここ私の世界らしいよ? 行く当てあるの?」

「…まさかそんな馬鹿な話、信じとるのか、お前さん」

「うーん…あの人、なんか普通じゃなかったし。すごいんだよ、あの人が傘差した瞬間に雨が降ったり」

「まぁ、普通じゃないのは認めるが…」




普通じゃない、というなら、目の前の女も相当普通じゃない。

何があったかは知らないが、確実にあの男と接触している。自分と同じで、知り合いというわけでもなさそうだ。

なのに、いきなり現れた男と何でそんな普通に喋れているのか。仁王は理解に苦しんだ。




「…あなたはどこから来たの? その制服、どこの学校?」

「神奈川の、立海大付属じゃ。お前さんは?」

「私は涼香学園だよ。…立海大……? ここ、神奈川だけど…そんな学校、聞いたこともないよ」

「俺もその…涼香学園とか、知らん」

「じゃぁやっぱり、ここはあなたが居た世界じゃないんだよ」




は落とした荷物と傘を拾い、傘を仁王に差し出した。




「風邪、引いちゃう」

「…この辺を見て回ってくる。お前さんこそ風邪引く前に帰りんしゃい」

「あっ…待って! ねぇ…っ」




仁王はの傘から抜け出すようにその場を歩き出した。

が何を言っても、一度も振り返らずに。




「…また独りになっちゃった、な………」




せめて、雨の間だけでいいのに。

見えなくなった仁王の背中を見つめながら、はぽつりと、声を漏らした。












これは現実なのだろうか













と、いうわけで始まりました新連載。仁王逆トリップ夢です。

皐月のポリシーとして、『新しいものは新しく』というのがありまして。

書き方やデザインなど、忍足夢『The reason 〜』と同じく前々からの作品とは

違う感じで書いてます。

今回はデザインを一新。さらに、お題を使用して話の数・タイトルを限定するという

ぶっちゃけ、コレ最後まで続けられるの? という危ない連載になりました。(笑)


さぁ、これから迷子の(笑)仁王さん、どうなってしまうんでしょう?





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