TRICK OR TRICK?













―――目覚ましの音と、雨の音とが混ざった、耳につく音。

だけど特に不機嫌なわけでもなく、仁王は目を覚ました。




「…………夢?」




見慣れた部屋の中、昨日の出来事を思い出す。

雨宿りの為に立ち寄った怪しい雑貨屋『trick or trick』。そして、さらに怪しげな店長。

別の世界だというところに飛ばされ…出会った少女。






「…夢ならいいんじゃが」




そんなことを呟きながらベッドを抜け出し、部屋のドアを開ける。

目の前に広がるのは、見知らぬ景色。




(…まぁ、そうじゃろうな…)




「あ、おはよう、におちゃん」

「ん…」




ふと視線を右にずらすと、制服にエプロンをつけて台所に立っていると目があった。

鼻先を掠めるのは、味噌汁のいい匂い。




「今朝ごはん作ってるから、ちょっと待っててね」

「……おう」




未だに状況ははっきりしないというのに。

どこか落ち着いている自分がいることに、仁王はちゃんと自覚があった。

そしてそれは、…嫌じゃない。




「…………」




椅子に座り、何もせずただ彼女の背中を見つめていて、仁王はそんなことを考えていた。





































「それじゃ、行ってくるね。出かける時はちゃんと鍵するんだよ?」

「解っちょる。そんな子供じゃない」




手のひらで合鍵を転がせながら仁王は言う。

その様子にはぷっと笑うと、苦笑いで玄関の扉を開けた。




「ごめんごめん。あ、お昼ご飯はどうする?」

「通貨は一緒じゃったから、自分で何とかする」

「なら心配要らないね。…うわ、遅刻しちゃうっ、におちゃん、いってきます!!」




今日は平日だから、は学校だ。

傘を乱暴に引っつかみ、家を出て行ったのを確認して、仁王も小さく笑った。





































、おはよう」

「あ、おはようナオちゃん」




校門でクラスメートのナオに声をかけられ振り返る。

この涼香学園は、列記としたお嬢様学校。

呼び止めるナオもも、優雅な仕草だ。




「はぁ…」

「どうかした?」

「今日一時間目調理実習じゃない?私、料理なんてしたことないから不安なんだぁ…」

「ナオちゃんのお家には家政婦さんがいるもんね」

「だから一人暮らしのが立派に見えるよ。ご飯とかも一人で作って食べるんでしょ?」

「うん。でも今は…」

「え?」




そう言って思い出すのは仁王の存在。

一人よりも断然楽しい食卓や、自分の料理を美味しいといって食べてくれる人がいる喜び。

それを思い出して、は小さく微笑んだ。




?ねぇ、顔赤いよ?」

「えっ?あ、赤くなんてないよっ?///」

「いや、始めっから」

「そ、そう…?」

「最近雨やまないからなー、風邪でも引いてない?」

「ど、どうだろ……解んない…」

「じゃぁ、つらくなったら言ってね?」

「う、うん」




風邪を引くなら自分じゃなくて仁王のほうだろう。

そんな不確かな確信をして、は自分の心配などしなかった。




「あー、時間ないなぁ。このまま家庭科室行こう!」

「うん」




さすがに遅刻はまずいので、二人は家庭科室に走った。

そう離れた場所でない家庭科室につくと、丁度家庭科の先生が部屋に入るところだった。




「あら、二人とも遅いわよ?」

「ご、ごめんなさい…!」

「っはぁ、は…」

「ふふふ…遅刻にはしないから、早く入りなさい?」

「スイマセン…」

「あ、有難う、御座います…」




息を整えながら部屋に入ると、すでにエプロンをつけて準備万端なクラスメートたち。

急いで自分たちの班に加わり、挨拶を交わしつつ準備をする。




「みなさん、お早う御座います。今日は簡単な家庭料理の実習をしましょうね?

今日のメニューは、ダシ巻き玉子。お味噌汁。それからご飯です。

手順は先週説明した通りですから、班長さんの指示に従って開始してください」

『はーい』




食材や準備を行うクラスメートの中、はまだ上がった息を整えられずにいた。

あまり体力がないからだろうと思ったのだが、心なしか身体も重い。




さん大丈夫?全力疾走したの?」

「う、うん…」

「じゃぁ班長さんはちょっとだけ休んでていいよ!私たち食材取ってくるね!」

「ごめんね…有難う」




そう、は一人暮らしで料理も出来るという事で、この班の班長をしている。

他の班の班長も、家が料亭だとか、和菓子屋だとか、何かと料理関係の家の子が多い。




「取ってきたよー。じゃぁ班長、指示ちょうだい?」

「あ…まず、お米研ぐ人と、お味噌汁のダシを取る人と分かれてもらえるかな?」

「じゃぁ私お米研ぐね!先週教わった方法だよね?」

「うん、お願いね」

「私はおダシだね」

「ダシはまずお鍋に昆布と水を入れて…お湯が沸騰したら、鰹節を入れるの」

「ふんふん…」

「その後、鰹節が浮いてきたら火を止めて…昆布と鰹節をすくってね」

「解ったー」




班の子に指示を出して、はダシ巻き玉子の準備に取り掛かった。

息は落ち着いているのに、何だか体がふわふわしてる。




さん、お米研いだよ。…あれ、大丈夫…?」

「え?う、うん…じゃぁ、そのお米をガラス鍋に入れて…線の入ってるところまでお水入れて?」

「はーい。で、火にかけたらいいんだよね」

「そう」

「よしっと…オッケー。…………さん、玉子、殻入っちゃってるよ?」

「え……?っあ…」




ぱっとボウルを見ると、確かに大きな殻が入っていた。

お箸でそれを取ると、班の子が心配そうに顔を覗いてきた。




「ねぇ、やっぱりしんどそうだよ?」

「ほんとに…大丈夫、だよ?」

「見えないけどなぁ…」

「もう失敗しないからさ…!ね?」

「わっ、わっ、沸騰してるっ」

「あー……私見てくるから、さんは座ってて!」




強引に席に座らされ、沸騰したお鍋を見ている子の所へ行ってしまった。




「…ちょっとボーっとしてただけだもん」




少し拗ねた様子で、は再び玉子を取った。

料理が好きな手前、自分に当てられた仕事はちゃんとやりたい。

人数分の玉子を割って、先生の指示を無視した分量のダシを入れる。

そのほうが美味しいことを経験から知っているからだ。

料理にはちょっとしたプライドがある。




「あー!!休んでてって言ってるのに!」

「むー…」

「可愛く言ってもだめよ」

「でも、ダシ巻き玉子は難しいんだよ…私に作らせて」

「そりゃ、綺麗に作る自信ないけど…しんどい子に火任せられない」

「大丈夫だもん」

「だめ」

「大丈夫っ」

「だめっ」




一向に譲らない二人に、全員がため息をついた。




「こら、二人とも!調理中に何してるの!」

「だってさんが…」

「大丈夫だも……っ」




瞬間、体の力が抜けたように、その場に崩れる




「…あ、れ…?」

さん!?」

「ほ、ほら、大丈夫じゃないじゃない!!」

!!」




ナオや先生が支えてくれる中、の意識はどんどん遠くなり…

やがて、途絶えた。





































依然やまない雨に小さく息をつきながら、仁王はベランダの窓ガラスにもたれて座っていた。

何だか出かける気分にもなれず、さっきからずっとこうしている。




「これからどうすればいいんかのー…」




あの店長は、とりあえず人間じゃないと仮定して。(まず普通ではない)

会おうと思って会えるものではないだろう。

ヤツの目的は、最初の文面だけで言うと、ただ単に仁王とと二人で生活させたいだけのようだし。




「そうなると、暇じゃな」




つまり、やることがない。

持っているお金は財布の中身と、部屋に置いてあった分しか無いが、仕方ない。

昼時までゲーセンかどこかで時間を潰そう。あの駅前になら何かあるはず。

そう思って、立った瞬間だった。



―――TULULULULULULU…TULULULULULULU…



電話が、鳴り出した。




「…俺が出ていいもんか…?」




戸惑ったが、かもしれないと思い、仁王は受話器を取った。




「…はい」

『あ、出た…!?あ、あの、わたくし涼香学園のものですが…』

「はぁ…出た、って?」

『ああスミマセン!!一人暮らしだとお伺いしていたものですから、一応お電話したものの誰かが出られるとは思わなかったので…』

「そうですか」

『失礼ですが…ご家族の方ですか?』

「…兄です。(プリッ)」

『あ、お兄さんですか。…実は…妹さんが授業中に倒れまして…』

「え…」

『どうやら風邪を引いているみたいで、熱で意識が無いんです。

帰宅させたほうがいいと判断しましたので、お兄さん、お迎えにきて頂けませんか?』

「…解りました」




仁王は電話を切ると、足早に玄関に向った。

が倒れたのは自分のせいだ。

あの時、自分に合わせて傘をたたんで雨に打たれたから…。




「あ……」




涼香学園の場所を知らないことを思い出し、仁王はその場にしゃがみこんだ。




「ちっ…なんじゃこの展開。笑えん」

「笑う角には福来る、ですよ?笑ってごらんなさいな」

「!」




仁王は聞き知った嫌な声に振り返る。

そこには、あの店長の姿。




「お前…!!」

「まぁまぁまぁ!そんな怖い顔なさらないで!」

「だったら何か言う事があるじゃろう」

「やー、さん大変ですねー。そして場所を知らないあなたは滑稽ですねぇ」

「ふざけとんのか」




その飄々とした態度にイラついて、仁王は店長の胸ぐらをぐっと掴んだ。




「あやややや、暴力は反対ですよっ!」

「お前に対しての行為は暴力とは言わん。鉄拳制裁と言うんじゃ」

「横暴です信じられないですあんまりですシクシク…せっかく素敵なプレゼントをお持ちしたのに…」




流れてもいない涙を白いハンカチで拭きながら、店長は懐から一枚の紙を手渡した。




「これは…」

「どこからどう見ても地図に決まってるじゃないですか」

「…………礼は言わんぞ」

「んー、あなたからは期待しておりませんからねぇ。後日さんから頂くとしましょう」




変わらず笑い続ける店長に、仁王は殴る気を無くし手を離した。




「…今日は殴ってやらん。次会った時はの前でも構わず顔面潰しちゃる」

「ではでは次もそんな状況じゃない時にお会いしましょうvv」




仁王は ちっと舌打ちをすると、置いてあったビニール傘を手に家を飛び出した。




「あーあー、あの人ったらさんの言いつけも守らずに…」




店長は扉に鍵をかけると、その場からまるで煙のように消え去った。






































「ここか…?」




警備員の立つ大きな門、その中に広がる広い庭。さらにその奥に見えるのが校舎だろうか。

いかにも『お嬢様学校』な風貌に、仁王は呆然と校門前で佇んでいた。

すると、警備員の一人がこっちに近づいてきた。




「何か御用でしょうか?」

「…妹が倒れたって連絡を受けたんだが」

「ああ、伺ってます。どうぞお入り下さい」

「どうも」




仁王は開けてもらった校門から中に入り、庭の中の一本道を歩いた。

綺麗な庭だ。こんな雨で暗い空でなく、晴れた日に見たい、そんな庭だった。

やがて校舎につくと、外から見たよりも大きな校舎が仁王を見下ろした。

勝手に入っていいのだろうかと考えていると、中から誰かが出てきた。




「わざわざすいませんっ、さんのお兄さんですね!?」

「…はい」

「この度は教師がついていながら…申し訳ありませんでした」

「いや…それより、は?」

「ああっごめんなさい!ご案内します」




エプロンをしたまま現れた先生に誘導され、仁王は校舎へと入った。

は一時間目は家庭科だったのだろうか。




さん、私の授業では始めて倒れたので…私、とてもびっくりしてしまって…」

「先生の授業では…って…?」

「ご存じないんですか?さん、よく体調を崩されるんですよ」

「!」

「意識を失うのは、今回が初めてですけど…」

「…………」

「あ、ここです」




扉を開けると、どの学校も変わらない、保健室独特の匂いや空気がした。

先生がその奥にあるカーテンを開くと、すでに目を覚ましている少し赤い顔の




「…え…におちゃ…?」

さん大丈夫?お兄さんが迎えに来て下さいましたよ?」

「お兄ちゃん…?」

「あー…、大丈夫か?」

「うん……ごめんね、えっと…お兄、ちゃん…?」




状況は理解できているようで、ぎこちなく仁王を兄と呼ぶに、仁王はふっと笑みを零した。




「表にタクシーを呼んでおきましたので……」

「ああ、すいません」

「先生…お兄ちゃんも来てくれたし、もう大丈夫ですから…」

「え?あ、ああ、そうね…じゃぁ、先生は教室に帰るわね?」




この先生、授業中に抜けてきたのか。

どうみても調理中だというのに…生徒だけで調理実習とか危なくないのか、とか仁王は考えていた。




「………お兄ちゃん、かぁ…」

「仕方ないじゃろ」

「ううん。嬉しい。……ごめんね」




はゆっくりと身体を起こし、ベッドから降りた。

まだふらついているを支えるように、仁王は隣で腕を持つ。




「謝らんでよか。…俺のせいでもあるんやからの」

「どうして、におちゃんのせい…?」

「昨日、傘たたんで一緒に雨に打たれたじゃろ」

「なんだ…そんなこと。におちゃんのせいなんかじゃない、よ…?」




喋りながら保健室を出て、さっき来た道を引き返した。

昇降口まで来て空を見上げると、まだ変わらず雨が降り続けている。




「…背中、乗りんしゃい」

「へ…?」

「この雨ん中じゃ、お前さんを支えながら歩けんからの」

「だっ大丈夫だよ。歩ける」

「だーめ。…ほら」

「…………う、ん」




恥ずかしいのか、しゃがんだ仁王の後ろにゆっくりと回る

その背中にちょこんと身体を預けると、仁王はすくっと立ち上がった。




「お、重くない…?」

「全然。むしろ軽い」

「そんなお世辞…」

「お世辞じゃなか。それより、傘持ってくれるか?」

「あ、うん…」




が傘を差し、二人が濡れないようにしっかりと持ったのを確認して、仁王は校舎から庭へ出た。

雨音が大きな音を立てて傘の中に響く。




「…

「うん?」

「お前さん、よく倒れるって聞いたが…」

「ああ…あんまり体力あるほうじゃないから…殆ど貧血だし、病気とかじゃ、ないから」

「貧血ねぇ…レバー食べんしゃい」

「ふふ……」




は小さく笑うと、仁王の首に回していた腕に少しだけ力を込めた。

ぎゅっと抱きついてくるを背中で感じ、仁王は首だけで振り返る。




「どうした?」

「…………なの…」

「ん?」




「この時期は…だめなの。耐えらんないくらい…辛くなるの、解ってる…から…」




それだけ言って、は仁王の背中で眠ってしまった。

熱のせいで意識を保っていられなかったんだろう。




「…馬鹿やの…」




仁王は自嘲気味に笑うと、いつの間にか止まっていた足を動かした。




「…俺は、お前さんの事、何も知らんから……何もできんというのに」




自分を偽ることに慣れてしまったせいか、のように、自分に素直な人間は苦手だ。

情報を小出しにされればされる程、気になる気持ちと冷めた気持ちがぶつかってしまう。




―――俺には何もできないんだから




「…………」

「すぅ…」




そっと、首を伸ばす。

小さく呼吸する唇に、仁王は、自分のそれを宛がった。




「……………………何しとるんじゃ、俺…」












馬鹿は俺か









2話でハグ。3話でちゅー……。

…『TRICK』のにおちゃん、手ぇ早いってだから!!(汗)



やっぱり店長出すの楽しいvvv(笑)





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